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概要

gakuto

86になりました。日やけした顔に虫歯を出して笑う時、ああ生きていてよかった、いやこれから先も、医学の進歩と忍耐くらべだと我に言い聞かせています。 原爆病院に去年行った時にも、沢山の苦しい方達に逢いました。今では皆に忘れられた人達の深い傷痕、健康であってこそ人生の「平和」をしんから味わうものだと思ったりします。 偶然かも知れませんが、被爆者の子が白血病で死ぬ本をみた時、私は胸を痛くしたものです。其の本の名は〝蝶のいる丘?というのでした。六年生の時、学校で注文して長女が買ってきた本です。私は受持の先生に、子供の心を傷つける様な本はさけて貰いたいと抗議した事でした。十二才の彼女の心に、傷をつけたくないのです。わけても小心な子ですのに……。 娘より先に読んだ私は、其の本のかくし場所に困難した事でした。子供達には、人並に、取越苦労などない人生を送らせたいのです。背中に爆弾をせおって歩む人生は、つまづくと重苦しくなります。人間苦労する事は大切な事です。雑草の如く踏まれても又生き延びる生命力は、困難の中にこそ、生れ育つのだと思います。でも、病と闘うということは、それ以前のもの。まして原爆症なんか、現代の子にはあまりにもむごい話です。映画などにもどうかこの様なものは出されませぬ様に。 〝原爆二世?など、思うだけでもゾーッとするのは、八年間の闘病生活の言わす所だと思います。私だけでたくさんです。私は此の目で地獄絵図をみて来ましたので、不死鳥は飛ぶのだ、決して死ぬものかと、自分自身にはそう叫びかけるのですけれども……。 水頂戴! 水のまして……と、虫のようにかぼそい声で水を求めた五、六人が集まり、小さい山になって、壕の中で土だらけになり、虫がわいて死んだのです。あちこち皆実町付近は、其の様な人で一杯でした。被服廠にはいる事すら出来ぬ人達の群で……。 少女ながら私は、其の当時身につけていたヨレヨレのボロ布を一包みにまとめ、後世此の悲惨さを訴えるのだとのけていました。それを知らぬ間に母は其の包を捨て去り、すべてを私に忘れさせようとしました。