ブックタイトルgakuto
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gakuto
102づいた。物が食べられる状態ではない。水を飲めば死ぬと言われ口をすすぐのに躊躇した。御幸橋の西詰めに交番がありその近くにあった藤田組(現フジタ)の作業所で人が並んで何か貰っている。少佐殿が「君達も行って貰って来い役に立つ」と言われ、貰ってみると紙袋の中は非常食の乾パンが入っていた。一瞬、助かった! これで何日間かは食いつなげるぞ!と思った。広島高等工業学校(前広島大学工学部)の南側を通って元安川沿いに出たが、その土手筋の家並みは全部ペシャンコになっていた。その道端に多くの人がゴロリと横たわり、一様に「学生さん助けてー」と何度となく呼び止められたが、自分の事で精一杯、少佐殿からは早く歩かないと火に包まれるぞと急かされ、「兵隊さんを呼んでくるからネ」と言い残しながら少佐殿の後を追った。 南大橋を渡り、刑務所の南側を通って本川沿いに出た所から舟入川の七軒茶屋に渡し船があった。人は沢山乗っていた。皆みな口々に「ピカーと光ってドーンときた」とか「新型の爆弾じゃ」など話していた。川の中には水膨れで腫れ上がった黒い死体が、洪水で材木等が押し流されている様に、引き潮に乗って無数に流れていた。船頭さんはその死体が船に当たるのを棒で押し流しながら対岸に渡った。 七軒茶屋から電車軌道が通っていた広い江波線通りに出て横川に向かって歩いた。途中土橋付近では、人が防火水槽の中に浸かったまま黒焦げになって死んでいたり、馬が内臓を出して斃ていたり、電車が横倒しになり、電線が軌道上にズタズタに切れ散乱していた。十日市付近では、人が並んだままの状態で黒焦げになって死んでいたりで、何処まで行っても無残な焦土と化した地獄の町であった。 電車軌道が通っていた横川橋を渡って少佐殿と別れたが、所属部隊もお名前も聞かずで、何処かでお元気ならお訪ねして、御礼を申し上げたいと五十五年経った今でも忘れられない命の恩人である。十二歳の少年があの地獄図の町の中を右往左往することなく横川迄帰れたのは、何処の何方か判らず終いの少佐殿が、神か仏の化身として出現し私達を導き横川橋まで連れ帰