ブックタイトルgakuto
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gakuto
120て、大きな練兵場も東と西に二つもあるなど、広島市は古くから軍都といわれていた。ぞろぞろとよろめきながら避難する人たちの中には、多数の将兵も見られた。その人たちの頭には、鉄カブトの跡がくっきり残っていて、それ以外はほとんど火傷の状態で膨れていて、全く誰彼の区別がつかない顔に目ばかりがギラギラ光って見えた。幅広のベルトと将校の長靴、兵士のゲートルだけが身体に残っていたので、軍人だということが分かった。喉の渇きのため、通りがかりの壊れた家の庭に入り、まだ熟れていない青いトマトをもぎ取って、むさぼるようにかじりついた人もいた。水の代わりに喉を潤おしたのであろう。 女子どもは、肉親を捜し求めて泣き叫び、火傷や大怪我の苦しみにのたうちまわる人々を目の前にして、「この世の地獄だ」と私は思った。やがて、市内は猛火に包まれ、炎は渦となってあらゆるものを焼き尽くし始めた。もう市街地へは、一歩も入ることはできない。「父母は無事だったのだろうか。姉や妹はどうしただろう」。急に安否が気になり、私は次第に心細くなってきた。黒い雨 泉邸裏の川岸まで来た時、にわかに空が暗くなり、大粒の雨が降ってきた。ひとしきりたたきつけたが、なぜかそれは黒い色の雨で、白いブラウスは灰色に染まっていた。 広島の川の中でも、流れの速いことで知られる泉邸裏の京橋川は、時として渦を巻くこともある魔の淵であった。その時は、ちょうど満潮時だったため、川幅いっぱいに増水していたが、橋のある所まで回り道する余裕もなく、躊躇しないですぐ川の中に入った。私は友人と二人で、川上から流れてきた一本の柱を拾い、つかまって泳ぎ始めた。途中、何度も流されそうになりながら必死で泳いで向こう岸にたどり着き、燃えさかっている火の街を、ただひたすら牛田山へと歩き続けた。岸に上って五分と経たないうちに、ずぶ濡れになった衣服は火勢ですっかり乾いてしまっていた。