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概要

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128そのものに痛みはありませんでした。ただヌルヌルと這うように頬を伝うものが血液だと思いましたし、そばにいた人が差し出してくださったハンカチもすぐ真赤になりましたが、どうすることもできません。上履きも片方脱げており、靴を履きに教室の方へ行きたいと思いましたが、先生は少しでも早く安全な場所に逃げるようにと言われましたし、その方がいいと決断して塀の上から道路に飛び下りました。屋根がすっぽりフタをしたように落下していたので、友達を追いかけないで講堂にいたら、私は脱出することはできなかったと思います。 脱出したとき目に入った光景は、なぎ倒された住宅が死の世界かと思われる静かさで、白い煙が一本だけスーッと立ち昇っているのが見え、まだ炎は見えませんでした。 道路へ飛び下りた時、右足の太ももに激しい痛みを感じ、モンペが切れていて傷付いていると思いましたが、どうすることもできませんでした。顔の出血場所を押さえ、足を引きずり友達に助けられながら、近くの泉邸(縮景園)へ避難しようと行くと、大きな門は閉まっていて入れず、塀に沿って川に出ましたが、川辺の家が燃えていたので、可部線の長束で鎮火するのを待つことにして川原に下りました。 ジリジリと照りつける太陽の下で座ったり、川の水で手を洗ったりしていました。光線で焼けただれ、ボロボロになった人が川の中に入ったり、水を飲んだり、そのまま死んだ人もいました。二部隊の兵隊さんらしい男の人が何人が来て、私たちを見ると、「お姉さん、水を下さい」と、悲痛な叫び声を上げました。すると、若い将校さんが軍刀を杖にして足を引きずりながら近づいて、「帝国軍人たる者が何事か!」と叱るのです。すると一瞬ピタリと静かになるのですが、すぐにまた、「水を下さい」と叫びました。どんなにか苦しかったのだろうと、今でもその声が聞こえてくるようです。市内から避難して来る人々は一糸まとわぬ姿であり、私たちのように建物の中で被爆した者は、その場から脱出できず死亡したり、私のように負傷したりで、まさに地獄絵そのものでした。