ブックタイトルgakuto
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gakuto
135 ただ一言「お母さん」 それから、どのぐらいの時が経過していたのだろうか。不意に気が付くと、辺りは真っ暗で、私は地上に押し倒されていた。もうもうと立ち込める埃に息もできないありさまであった。ああ、どうしよう。私は今まで一体どうしていたのであろう。不安と寂しさで胸がいっぱいであった。起き上がろうとすると、足の方で誰か人の身体に触る感じがした。「お母ちゃん、お母ちゃん、助けて」と泣き叫ぶ声。私も泣いていた。自分はこのまま死んで行くのかも知れない。灰の中に身を焼いてしまうのかしら。無意識に「死にたくない」と焦る心。どっちに逃げてよいか見当がつかない。その間に目の前が少しずつ明るくなった。友の姿を見て驚いた。血まみれになっている人、火傷して皮膚が真っ黒になっている人、髪の毛は逆立ってボウボウになっていた。普通ならすぐ目をそらせたくなるような姿である。私の黒く焼け爛れた手からは、油が汗のように流れている。異様な臭い。このままここにいては駄目だ。皆の逃げる方向にトボトボ付いて行った。あちらこちらで助けを求める叫び声。コンクリートの壁に下半身下敷になって泣き叫んでいる人。家屋の下の方から「助けてくれ、助けてくれ」と言う叫び声。しかし、誰もそんなことには無頓着で走り過ぎて行ってしまう。 それからどのくらいさ迷い歩いたことか。変り果てた街は、方角も何も分らなかった。ある橋の所に出た。それは後になって知ったのだが、比治山橋であった。電柱につながれた馬が、血みどりになって暴れていた。暑い日光を浴びながら裸足でその橋を渡り、川端に腰を下ろした。すると、他の学校の女学生たちが、これも哀れな姿で全身に火傷を負って、「水が飲みたい」「水が飲みたい」と言って、汚い川の水を飲んでいる。橋の上の方から「水を飲むと死ぬぞ」と誰かがどなる声がする。苦しいのであろうか、一人の女学生は川の中に入って行って、「早く死にたい」と泣き叫んでいた。 私は、ちょうどそこに来合せた救助隊の自動車に乗せられて、宇品に運ばれ、船で似島に避難させられた。船の中では、全身裸になって火傷した一人の婦人