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概要

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143 お母ちゃん、顔が見えないお祖母ちゃん」と呼ぶので、みんな名をよんでは顔を近づける。「お父ちゃん」といわれたが、夫はまだ郷里にいたので、会わせることも出来ず、苦しかった。 「お母ちゃん、宇部に帰ろうね」「一ちゃんが快くなったらね」といえば、安心したように、「お母ちゃん済まんね」と云われて、身を切られるような思い。「何をいうの、済まんのはお母ちゃんよ」と云って過ごしたけれど、その時のことを思い出すと、今でも泣けてくる。 それから、自分のその日の様子を、断片的にではあるが、一気に話し出した。 警報が解除になったので、作業のため仕度して外に出た。そのうち爆音がするので、見れば、飛行機が三機飛んでいる。ずっとそのあとを追って見ていたら、ピカッと光ったので直ぐに伏せた。(それで掌の皮がむけて、砂の入ってるのが分った。)地下足袋に火がついたので、脱ごうと思ったが、手を先にやられているので、早く脱げなかったから脚を火傷した。僕は田中君と一緒に帰ったが、田中君は途中で倒れた。どうかしてやろうと思ったけれど、自分の体が精一杯だったので、どうすることも出来なかった。それからは一人で帰ったけれど、日がかげればいいと思ったよ。シャツも途中で燃えていたのを、他所の小父さんが消してくれた。(その方に感謝しています。) それからは、ひとり言のように、○○君は死んだ。○○君も死んだ、ああ、ああ、地獄だ。広沢先生、広沢先生はという。「あまり話すときついだろうから、もうお話は止めようね」と止めさせた。「何か薬をつけて」という。父が探し求めて来た薬をつけてやったけれど、それは、ほんの気休めに過ぎない。 「みかんの缶詰をちょうだい」という。幸い配給のがあったので、直ぐにあけて、口に押込むように入れる。「おいしかった」と喜んだが、しばらくして、みなもどしてしまった。 水も欲しがる。本人は「こんなに口を開いているのに、どうして呑ましてくれんの」というけれど、はれつぶれているので、小さな薬や罐かんで口にうつしてやるけれど、こぼれる方が多い。それをまた痛がる様子。