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概要

gakuto

144 口に出して痛い痛いとは一言も云わないが、溜息をつく。「どんなの、どこが痛いの」ときけば、手と足が一番痛いという。 さもあろう、ほとんど全身火傷と云っていいくらい。ちょっと指先を火傷しても苦痛なのに。弟はそばから「お姉さん、しっかりしていなさいよ」と声をかけてくれる。ただ、ぼーとうつろな心を抱いて、子供のそばに坐っているだけで、涙も出ない。 父(一策には祖父に当たる)と弟は、一策が帰ると、これは市中が大変だ、とて、妹(福屋に在った海軍監理部勤務)と、久衛(一策の弟で袋町小学校五年生)を探しに出かけたが、炎天の中、建物は燃えているし、頭巾を防火水につけてはかぶるけれど、直ぐに乾き、到るところで、助けてくれ、水をくれ、と呼び止められて、歩けない。今に兵隊さんが来て下さるからと云っては、逃げるより仕方なく、どうして上げることも出来ない、と帰って来られた。 家にいたのでは何の処置も出来ず、一応収容所にと、一策を戸板にのせて、被服廠に行ったが、ここもはや満員、まだ次から次へと集まって来られる。いくら待っても処置もして貰えそうにもない。そのうちに警報は鳴る。 「お母ちゃん、僕はもういいから早う防空壕へ入んなさい」と、まだ私の身を案じてくれる。「お母ちゃんはね、もう何処にも行かないよ。一ちゃんの傍をはなれない。一緒にいるよ」と一策の上にかぶさるようにして、不気味なときを過ごした。 水をちょうだいという。呑まそうと思えば、「水を呑ましてはいけん。死んでしまう」と誰かに叱られ、死なれてはと思うとこわくなって、それからあまり呑ませなかった。 家に帰りたいというのを、なにかと機嫌をとっているところへ、ようやく迎えが来たので、担架にのせて別棟に行き、やっと油薬のようなものを塗って包帯して貰った。その間にも、子供など次々に死んでゆく。傷もないのに、どうしてだろうと話しておられる。 夕刻に、こわれた戸締りもない家に帰る。弟は草津に応援を頼みに行くと出てまだ帰らない。電燈もつか