ブックタイトルgakuto

ページ
166/326

このページは gakuto の電子ブックに掲載されている166ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

gakuto

152 以下は、長男が、熱と毒素にうなされて無意識のうちに云ったことを、その枕の傍で速記した、そのままの言葉を記載し、それに少しずつ説明を加えておく。この簡単なうわ言の中に、幾多の意味が含まれていると思う。「兵隊さん、お茶か水か下さい。この前から、まだくれていないのです」「兵隊さん、看護婦さん、どうかして下さい。頼みます。有難うありました」 校庭南方の雑魚場町で疎開作業に従事中原爆にあい、一応先生と生徒がかろうじて集合、日赤病院へ行ったらしい。当時の兵隊さんと看護婦さんが唯一の頼みで、このことが頭に沁みこみ、父のいることにも気がつかないのだろう。「先生は御無事ですか、一中の先生は御無事ですか」「市役所の中心はどこかの?」「分度器の目盛がこまかくなければいけません」「番号を打ちましょうか。先生、僕が行ってきます。図面へ番号を打たいでもよいのですか」 数学の実習実測作図の学習のことを思い、日頃の勉強の有様の一部を云ったものだと思う。「どうか頼みます、兵隊さん頼みます。兵隊さん、氷か水か下さい。死んでもよいですから、たった一つ下さいや。おがみます、おがみます。田村も三島もみな氷を食いよります」「有難うありました。また、頼みます」「吉田先生!! 森先生! 早く早く」「どこですか、先生!! 先生!!」「早く逃げましょう。早く早く」「ここはどこですか、似島ですか。ようここまで来たことよのー」「命には別状ありませんか。死ぬかも知れません。いたいです、兵隊さん。背中がいたいです。早く起こして下さい。頼みます」「看護婦さん、治療して下さい、どうか頼みます」「兵隊さん、助けて下さいや。田村や三島はどうしたかのー? 一緒に早く家に帰りたいのー。宮島電車はありますか」「永田の病院へ早く行きたいのー」