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156遺骨を蚊帳の中に柳 武 平和をもたらした端緒であったかも知れない、また現在、世界をとにもかくにも戦争の惨禍より防いでいるものかも知れない。けれども、私たち夫婦にとっては、あの原爆は、いくら考え直しても、如何にも憎く、そして怨めしいものである。 この思いは、あの当時―いま思い出しても、ゾッとする―広島であの原爆を蒙ったすべての人の脳裏に深く刻みこまれたものであろう。いな、思い出すどころか、常住座臥夢びにも忘れられるものではない。忘れられないから思い出すのでなくして、忘れられるのである。 われわれは、あの惨禍さえなかったら、あの子があんなに容易くわれわれの手からモギ取られることがなかったろうと思うにつけ、残念でたまらない。焼野の雉子、夜の鶴、子を思う親の心持ちは、洋の東西、時の古今を問わず、皆同じであろうか。なんだか、あんなことでなくした私たちの子供だけは、特別にいとおしいような気がしてならない。 私たちには、もう一人の男の子がある。信男の兄である。それは今も健在で、もう大学を出て就職して、家から遠く離れている。それだから、ただの一人児を失うた人もこの世で多いのだから、まだましだ、と慰める心算で云うてくれる人もあるが、どうしてどうして、忘れるどころか、常に信男のありし日の姿が、行動が、胸に去来して去ることをしない。 あれの遺骨は、写真は、到底祖先伝来のお墓に埋める気持にはなれないので、いまなお座敷の床の間に安置して、毎朝冷水をそなえ、家族の食物と同じものをそなえている。夏には蚊にせめられるのが可哀そうで、私たちの寝るカヤの中に入れている。立派に家族の一員なのだ。 私はその遺骨の分骨を小箱に入れて、いつも私の身