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概要

gakuto

180いシャツは焼けていなかった。 そこへ柏原先生が来られて「解散して各自帰るように」と言われたので、駅前方面に出ようとしたが、道は瓦礫の山で倒れた電柱に絡まる電線も危険で歩くのが困難であった。途中、髪は焼け顔は真っ黒に火傷し、ガラスの破片がいっぱい刺さり、血を流しながら幽霊の様に手をさげ、手と裸の腰の辺りにボロ布を下げた様に剥れた皮膚をぶら下げたまま夢中で二葉山の方へ逃れようと続く人々とすれ違った。これがこの世で起こった事であろうか。到底筆舌に尽し難い光景で、絵で見た地獄図以上であり、自分の目を疑う。 やっと的場まで来たらもう火の手が上り、八丁堀方面は猛火に包まれてとても進めない。何処をどう歩いたか、防火水槽の中にも人が……。全身火傷した裸の子供や女性が……、目を掩う。倒壊した家屋の中から「助けてくれ」と叫ぶ。自分も右手掌、手首の火傷にできた水疱を歯で噛み切って水を出し、痛みに耐えながらの逃避行なので、とても手を貸す余裕は無く見過ごして逃げたが、今でも胸の奥底に悔恨の情が消えない。 そのうち宇品線に出たので線路沿いに歩くと、所々枕木が燃えていたが、まるで嘘の様な静寂の世界であった。顔の火傷が日射しで痛く、防空頭巾を深く被り直射日光を避けながら歩く、兵器廠の所で破裂した水道管の水を腹いっぱい飲んでいると兵隊が「水を飲むと死ぬぞ」と怒鳴って走り去った。宇品へ出ると救護班の人々が「何が起こったのか。どうして火傷したのか。ガスタンクに爆弾が落ちたのか」と口々に聞くが、答えようがなかった。 赤チンかチンク油かを塗ってもらったが、傷が熱く痛くなりだしたので氷を貰い手拭で包んで、天井の落ちた瀬戸内海汽船の待合室のベンチで横になり冷やした。船に乗り振返ると、市内は猛烈な勢いで燃え紅蓮の炎と煙が踊り狂っていた。その中にあってキノコ雲はひときわ抜きん出て高く高く上り、その先はやや丸く横に広がり、青空とのコントラストは鮮かであった。海は静かでだんだんと遠ざかりながら、そのキノコ雲はいつまでも見えた。