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gakuto
193 五十年前のタイムカプセルえてほしいと願っても消えません。野外で食べる食事。被災者に放出された牛肉も夏のせいか異臭がする。食事が済むと、その日も私達は三々五々と工場へ向かいました。南千田町、千田町あたりは学校が多い地帯で、中学校、女学校、工業学校、工業専門学校があり、路地を縫いながらいつもとは違った道をたどりました。火災だけはまぬがれた街は屋根がはがれ、家が傾き、無傷のままのものは殆どありませんでした。南大橋近くまで来ると情景は一変してきました。それは「屍の街」といった表現があたるでしょうか。火を逃れてきた人々が折り重なり、炎と煙にあぶられたせいか異様に黒くなり、衣服は殆どつけず、女の人、男の人、すべて羞恥も気力も失ってジッと横たわっていました。女学生の一団と思われる半焼けの一団もあり、死んだ人にまじって目だけが生きていて、悲しそうに見ていました。どうしようもなく、私達は目をそむけ通り抜けました。橋の上では、焼けただれながらも子供をかかえた女の人が大声を上げて水を求めていました。水を求めて川端に集まった焦死体、川に落ちた死体、内臓の飛び出た馬の死体、異状な状態の中の感覚でしか見られない光景でした。 吉島の街を本川橋に近づいた時、私達は一人の男の人を追い越しました。ボロボロになった服をまとい、足取りも小刻みに引きずり、後から見た風態も異様でしたが、追い越すとき、ふと服の腕先の白線が目につきました。私達の学校の生徒であることのしるしです。追い越して、ヒョイと振り返って私は息を飲み込みました。顔が普通の顔の数倍にふくれあがり、この世の人とも思われません。これほどふくれあがるものか、このような状態で生きておれるものか。目も見えない、耳も聞こえない、生命力だけで何処へ歩こうとしているのか、本川が目の前にせまっていました。「そっちへ行っちゃいけん、川へ落ちるで!」思わず心の中で叫んでいました。建物疎開に出勤して被災したのでしょうか。私達は昨日からそうした光景を見慣れてしまって、本来の感覚、人間性を失っています。私達は自分の心を無視してその生徒の前を離れました。この時のことは今も心の中で鮮明にうずいています。