ブックタイトルgakuto

ページ
219/326

このページは gakuto の電子ブックに掲載されている219ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

gakuto

205 追 憶追 憶山本 孝子 八月九日、今日こそは必ず探しあてねばと、義姉と共に出る。市中へ入れば、暑さのため死体は腐敗し、一層臭気を増し、軍隊の人、その他で死体を焼く匂いが鼻をつく。今日は炎天下を一筋に修道へ向かう。学校に着くと丹生谷先生が「山本さんいましたよ、似島に。重傷ですから油をしっかり持って行って下さい」その声を聞くや否やお礼もそこそこに、親類に行き、布団と浴衣を貰って、一目散に御幸通りを宇品桟橋に急ぐ。漸くにして船に乗り込む。乗り合わした人皆、心配そうな顔をしている。似島に着き、山越えをして検疫所に行く。勇樹はどこと、各病棟を尋ねる。どうぞ生きていてくれます様。どの病棟にもいっぱいの患者。死んだ患者は、外に出してある。「水を、水を」と叫んでいる者、火傷に赤チンをつけて、まるで赤鬼の様な格好、男も女も殆ど裸でうめいている。何ともいえぬ臭気。「勇樹はどこ」と連呼しつつ漸く最後の病棟にて「ここですよお母さん」と返事をしてくれる。おお生きていてくれたか、同じような患者にて声はすれどはっきり分からぬ。「ここですよ」の声は、まごうかたなき愛児の声。おお可哀想に、あの元気だった姿はどこへやら。一面の火傷にて、目はつぶれ、顔も口も腫れ上がり、手の皮はぶら下がっている。シャツは襟だけ残り、首のまわりにくっついている。一枚の菰をかけてもらい、仰向けに倒れている。余りの姿に一時声も出ない。「勇ちゃんひどい目にあったね」その声も嗚咽に消える。 「お母さん待っていましたよ。どうして早く来てくれなかったの」無理もない、この殺風景な所で三日三晩苦しみと戦いながら、どんなにか母を怨んだであろう、どんなにか心細かったであろう。「勇ちゃん早く来なくて、悪かったね。お母さんもずいぶん探したのよ。でももう大丈夫しっかりして、きっと治るから