ブックタイトルgakuto
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gakuto
206ね」と励ましながらも、この重傷がなおるだろうか、いいえどんなにしてもなおしてやらねば。 ―背中の方から腹部にかけて、殆ど皮はとれ、焼けただれている。熱は高く、足は冷たい。軍医さんを引っ張ってきて注射をしてもらう。「先生なおりますでしょうか」然し何も言われない。どうぞ治ってくれます様、神仏に祈る。義姉に手拭をぬらしてもらい頭を冷やし、私は足を防空頭巾で包み、股にはさんで暖める。勇樹はさも安心したように眠る。やがて夜になる。電気のつかない病棟は真っ暗がりとなる。時々、ローソクを持った兵隊さんが見回りに来る。右も左も重傷患者にて、身動きもならぬ。患者の叫ぶ声、うめく声、暴れる人、うわ言ばかりいう人、何と凄惨な夜だろう。長い夜は明けた。朝になると又新しく運ばれて来る人の多いこと。側でうめいている人の声がしなくなったと思うと、もう事切れている。ほんとうに手のほどこしようもない。 ―一人の少年が、勇樹の側へ運ばれて来た。ランニングシャツを着てズボンも何もはいていない。目はつぶれて見えぬらしく、殆ど、うわ言ばかり。然し誰かと尋ねると「修道二年山本」と、はっきりとした口調で、家は白島と答える。勇樹に聞くと同じ所で作業していたのだと言う。早速、水を飲ましてあげる。嬉しそうに飲む。親御さんはどんなにか探していらっしゃるだろう。可哀想に。連絡してあげるすべもない。勇樹も私達が来て安心したのか、またしても眠っている。時々目を覚まし「家はどうなったのか。お祖父さん、お祖母さんは。僕の本は出してくれたか」と尋ねる。「家は焼けたけど、本はいちばんに持って出た」というと嬉しそうに「ありがとう」という。あの顔が今でも頭に浮かんではなれない。(昭和四十八年八月「原爆追悼記」より)(当時中学二年 山本勇樹の母)