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221 綾子よ綾子よ佐野 貞子 八月六日、真白い夏雲と強い朝の陽ざし、平和だった広島の空がただ一つの閃光によって、あのように恐ろしい地獄に変わってしまったのです。あれから十三年、ほんとに昨日の出来事のようにしか思えなかったのに。 あの頃から想えば、日本の国も、広島の街も、そして私達の家族も、随分変わりました。然し、二人の孫を囲んだ賑やかな毎日にも、どうかすると、ふと、死んだ綾子を思い出す事があるのです。そんな時、あの子が「私も家族の一員よ」そう言って、私の心の中にとび込んで来るのかも知れません。きっと、白鉢巻モンペ姿、それに、トンボ結びの短い髪、目を糸のようにほそめた笑顔、そして快活にとびまわる姿、今でもはっきり私の瞼に浮かびます。そう、あれは丁度、千田町に住んでいた頃、私共の家では、夕食後の片づけの手伝いは、三人姉妹が順番だったのです。綾子の当番の日など、誰よりも早く食事をすますと、そっと私へ、目で意味ありげな合図をし、えくぼを残してトントンと二階へ上ってしまうのです。食事をすませた直ぐ上の姉が「アラ綾子、ずるいわ、今日当番なのに」「綾ちゃん、綾ちゃん」私達は顔を見合わせ、そして二、三度二階に声をかけるのですが、返事がありません。あの頃、貧しい食卓にも、果物を時折出す習慣がありました。「綾ちゃん、リンゴいらない?」あれだけ呼んでも返事のなかった綾子が、「リンゴ」と言うと、「えっ」と大声で階段の上から笑顔を出したものでした。「欲しがりません、勝つまでは」あの頃の子供達、チョコレートの味も、シュウクリームの味さえも知らない綾子達は、時たま手に入る果物や、配給の大豆が唯一の好物だったのです。大粒な満州大豆を煎ったのは、ほんとに美味しいものでした。綾子が勉強している時など、そっと、煎り大豆を机の端に置い