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概要

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228あった。こうして私は最愛の吾が子を尋ねあてる事が出来た。これはひとえに場所を暗示下さった藤井様、並びにその藤井様にお会い下さった藤森様、また久保田様達のお蔭と、唯々頭の下がる思いで一杯だ。思えば、朝早く家を出て、何時頃見つけて、掘り出しに何時間かかって、そうして火葬にして、全く時計のない無我の境地の一日、何とあわただしかった事か。さすが長い夏の日もとっぷり暮れて、白島あたりを帰る時は方々で火葬にしている赤い火が天をこがす如く燃えていた。故 池田 康子母 池田 良子師の愛を思う野口 時子 「教え子を水槽に入れ自らは蔽いとなりて逝きし師のあり」これは市女原爆先生と生徒の追悼の碑の裏の和歌の一首であります、私の子供は、森先生に火の盾となって頂いて水槽の中に死んでおりました。 あの六日の朝出かけて帰って来なくても、先生が田舎の安全な所へつれて行って下さっていると思い、別に気になりませんでした。 八日の朝、火もおさまったし帰って来なくてはならないのに帰らない子供、これはただ事でないと思うと胸の動悸が激しくうち、学校へ行って様子を聞きたいと思いました。用意にと芳子のモンペとカンパンを風呂敷に包んで出ました。怪我をした人が日赤に収容してある事を聞きましたので寄って行こうと思いまし