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概要

gakuto

230悟しなければならない、心を落ち着けなければいけないと思いながらも、歩いている足も抑えている胸もふるえて仕方がありませんでした。住吉神社の側の道を北へ行きました。ワイシャツも七分袖に折って何か書いた腕章をつけた二人連れの人が、何か話し合って紙に書き取っておられました。警防団の人に時々会いました。防空頭巾を持った人が三々五々歩いています。県庁の前まで来ると急に死体が多くなって、隣組の大きい水槽には人の体の上へ水を求めて逃げて来た人の死体で爆弾投下された後の生地獄を思わせるものがあります。余りに凄惨な有様に「これはどうすればよいであろう。この中にあの子はいる、このすさまじい状態の中であの子は死んだ」と思えば足が宙を浮いて歩いているようで、目の前が現実とかけ離れているように思われ、体のふるえるのがどうしてもとまらないのです。あの子でなければよいが、この目で見るのが恐ろしい、なおも死体を覗きこめば目の飛び出た顔、ことごとくの顔や体が赤黒くふくれ上がり、体に一片の衣類のない限り判別は絶望でした。 翌朝隣組の人が探しに行って下さいました。「芳子の死体は確認した」と姉が言った時、私は体のあらゆる関節から何か滴り落ちるような気が致しました。「いろいろ探しても判らないので帰ろうと言っていた時、お隣の奥さんが『このズロースはお宅の洗濯物に干してあったのを見たような気がする』その声に水槽の中の三人の生徒の中の死体のモンペの上の方だけ少々残っている所の紐ゴムをのばして名前を見ると果たして野口芳子と書いてあった。芳子に間違いない。焼いて骨を持って帰りたいと思ったが、呉から来ておられる警防団の人が『内地も野戦ですから警防団に任せて貰いたい』と言われるのでそうした。それまで気がつかなかったが、ふとお寺さんが死人の前に跪いて読経しておられるので、ああよい人がおられると、頼んでお経を上げて頂いた。これはお寺さんの名刺、これは芳子の髪」と言って私にくれました。ああこの方にと、おし頂いて名刺を見れば、広島県佐伯郡観音村善正寺と書いてありました。 いても立ってもいられない思いで日を過ごしまし