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概要

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12 伊藤君のことは後でくわしくお話したいと思います。 私の家は西白島九番地で、近くには陸軍の西練兵場があり、周囲は全て軍隊みたいなものでした。ですが、私の家では、父は運送業をしていて、軍隊とはほとんど関係なく、和やかに平和に暮らしていました。でも、戦争が急迫してくるにしたがって、いつ爆撃されるかわからない、という思いはあったのでしょう。万一家族がばらばらになったときには、牛田の水源地に集まるよう、いわれていました。ところが、被爆当日の昼頃、偶然にも、私をのぞく家族、父母、二人の兄の四人は、平素肥汲みをしてくださっていた家に集まった、ということです。 結果として、私は生き残ったわけですが、何が生死の分かれ目になるかわかりません。私は被爆の日より十日ぐらい前のことですが、田舎からのみやげにもらった、桃と枇杷を食べ過ぎて、食べた翌日から、学校で下痢をするやら、熱は出るやらで、担任の先生に背負われて、帰宅したのですが、その時、私の鞄をもって同行してくれたのが、親友の伊藤君でした。その時、背負ってくださった先生の背中の大きかったことは、今でも覚えています。 そして、一週間ぐらい学校を休んで静養し、登校したのですが、まだ体力的に動員作業は無理だということで、校内の軽作業をするようにといわれて、八月六日は、千田町の県工に登校したわけです。 原爆投下は、私が丁度校門を入って、御真影に最敬礼をしたときでした。B29の音が聞えたような気がしました。空襲警報は解除になったのに、何故敵機? そう思いながら、数歩校内へ向かって歩いたときでした。私な何の物かげも無いところで、光線を浴びたのです。「アツイ! アツイ!」 と叫びながら、身を縮めて足踏みをしました。爆風がきました。飛ばされました。十数メートルでしょうか。落ちたところで地面に伏せ、両手で目と耳を覆って横たわっていました。物がばんばん飛んできて体に当たりました。窓枠や瓦です。本館が倒壊しました。