ブックタイトルgakuto
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gakuto
257 お母さん!頑張って帰って来たのよた。私は「勝つ迄は」の言葉に胸が張り裂けそうで、たった十四才の子供が「勝つ迄は」の言葉に励まされ、たとえ微々たる力でも「お国のために努力して短い人生を終えたのか」と思うと、親として不憫で、いつ迄も悲しさが残ります。 しかし、あの悲しい思い出深い日から、早や五十年を迎えました。草木も生えないといわれた広島の街に、復興の槌音も軽やかに家屋が建ち並び、見る見る中に立派に立ち直り、高層ビルが立ち並び、遂に三十六階建てのビルも出来、大都市に負けない街となり、昨年はアジア大会が広島で開催されるまでになり、アジア諸国から沢山の選手が来広され、それぞれの素晴らしい競技を披露されました。 その時、茶道をたしなむ私達五流派の者が、縮景園の大広間に茶室を設け、アジア各地から参加して下さった人々に、日本の良さを知って頂こうと茶会を持ち、和やかな一時を過ごしました。参加した者達にとって一生の思い出になったと喜んでおります。 このような平和な世の中は、湛子ちゃんをはじめ多くのみなさんの、かけがえのない尊い犠牲によって生まれたもので、お母さんは心より感謝し冥福を祈っております。母 川本ミユキ 明44・11・24生長女 川本 湛子 昭6・9・26生 (小学校四年生 当時の写真)西高等女学校一年生被爆場所 土橋町