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279 黒き雨の降りし朝黒き雨の降りし朝朝日 宣之 その日、高下駄を履き動員先の工場の門を入る。午前八時直前のタイムカードを押し、百米ばかり歩いた所から右側の建物に入る。二階へ上り、右に進むと、正面が南向き即ち広島市方向で、広い硝子窓の設計室である。後部右側の席につき、図面、資料(零戦エンジン)を出して、机下の靴に履き替え様とした時、「B―29」らしい爆音が聞こえて来た。窓を開き、身を乗出して真夏の空を見上げる。 青く澄んだ空を、小さな機影が、南に向かって、ゆっくり動いている。あれは先程北上した「B―29」だ。何処かで引返したらしい。何の目的で一機だけ来たのか、一瞬、疑惑を感じる……。席に戻り、立つたまゝで、設計図を見つめながら、 銜煙草に、嘗、ハワイの親戚から送ってきた標準サイズのマッチで火をつけたその瞬間、 異様な輝度の閃光に眼が眩んだ。 マッチ箱を投げ捨てたものゝ、そこから焔はでていない。 正面の窓から、五百米位先、隣の工場の屋根が黒く見える。その空との境界から、 どす黒く輝く物態が、噴き上げてきた。 静かな海で突如、機雷が爆発した時の様に見えた。 縦横無礙に拡大して来た。 スローモーション映画の動き。 『隣の工場が、直撃??』 大変な勘違いをしたその時、 南側の硝子窓が吹き飛んで来た。塵埃が舞い上がり、真暗になった。 悲鳴は聞こえない。机の下にしゃがみ込み、下駄を靴に履き替える。 少し経つと眼が馴れてきた。天井から下がつたボール状の電灯が、大きく揺れて止まらない。前方から這う様に逃げてきた社員が、廊下の方へと移動してゆく。