ブックタイトルgakuto

ページ
295/326

このページは gakuto の電子ブックに掲載されている295ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

gakuto

281 黒き雨の降りし朝が付く。 『怨恨骨髄』と、いつた眼を感じる萎靡滯態の蠢。 歩く被害者は、もう殆ど見られない。 焼け崩れた横川駅が右側に見える。山陽本線の踏切を越える。 市電終点の電車の中は、天井近くまで焼燻死体の山。 各防火用水瓶は、三人、四人、五人、と足を真上に、或いは水平に上げたまゝ、煮え残つた僅かの湯の中に顔を入れ、燻物の如く凝塊と化している。 續く……、凝塊化……。横倒れの電柱は、處々で、未だ火煙が残る。 變形した横川橋を過ぎる、横たわる藍色の裸体、うす黒い骸の惨状が續く 時折、避難途中で捨てられたのであろう路端の玩具が、ぽつりと白く、悲しい。 十日市まで来た。 爆風と狂焔に破壊され、燻されて、消えた街が其處にある。親戚や、友人の事が、ふと頭をよぎる。何か 普通ではない。 或る物理学教授の『原子爆弾は、 出来ない』との講義を、思いだす。 土橋を過ぎる。――生存者は見られない。――やっと、天満町。 焼けた大八車の下で、母親が胸に固くしっかりと、子供を抱いている。 一面、眞晝の青黒い魑魅魍魎地獄界の現実、もう、「おむすび」は要らない。 重傷の女性一名を、擔架にのせて、 帰途につく。 耳元に呻吟が續く。 死骸だけの叫喚地獄繪の街が、固定化してきた。  横川近くで、四、五人、の救援の人を発見、その中の可部町の知人(弟と同級の父兄)より、「弟、俊明と会い、その後、直ぐに 私の父に引き継いだ。」と、前後の事情を聞く。午後一時…。 擔架のうめき声が、高くなってくる。急がねば……。 救援者が増えてくる。祇園町近くで弟と父が、町内の薬局にいる事を聞く。 擔架を交替、薬局に駆け込む。焼け爛れた弟と対面。