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概要

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285 残されて、生きる 途中で、寄宿舎の人は皆避難したから帰れと言われ、また学校に戻った。今度は共済病院に手伝いに行く。「薬がない。赤チンもない」の声で、学校に戻ったような気がする。このあたりの記憶はさだかでない。何をしていたのか、時間もわからず、昼食をしたのか、何も覚えてない。空白の時間だ。「帰っていい」と先生の声。友達四人で猿猴川の土手を下り、引き潮だったので川の中を上ることにした。土手から川の中はケガ人で一杯だった。「ケガ人は舟に乗れ、島へ連れて行く」と言っていた。 鶴見橋近くまで行った時、憲兵が「市中は火が出た。橋は渡れない」と叫んでいた。家には帰れそうにない。また学校に戻ることにした。比治山を越えて学校に帰ることになった。あの比治山が足の踏み場もないケガ人で山が埋まっていた。皆うつろな目で「水!」「水!」と言っている。水をあげると死んでしまうと言われていたので、どうしてあげることもできない。肩からかけていた非常袋の中から、カンパン、包帯、三角巾など持っていたものを一つずつ置いて歩いた。昨夜、燈火管制の中で仕上げた女専の制服の入っている鞄も、どこかに置いてきてしまった。 学校に辿りついた。一人息子だった兄が陸軍司令部に勤めていたので、私がこんな目に合っているのに迎えに来てくれないのかと、心の中でどうしてと恨んでいた。兄は即死していたのに……。夕方まで学校にいた。夜になると帰れなくなると思い、友達四人で、また帰ることになった。誰も情況がわからないので、電車道を歩けば帰られると、皮肉にも爆心地へと歩いて行く。 途中、陸軍の将校が「自宅の様子を見に行くから一緒に」と言われ、後について歩く。両側に人々が真黒に焼け人形にように転がっている。アスファルトの道が溶けて靴にくっつく。一足ずつ力を入れ足を抜きながら進む。こわれた水道から水があふれていて、タオルを水に濡らし顔に当て、熱風を防ぎながら街を歩く。 国泰寺の大きな石燈樓が立ったまま真中の石が飛び抜けそのまま低くなって立っていた。革屋町の停留所から父がいるわが家の方を見ると、丁度くずれ落ちる所。三階だったので焼け落ちるのがおそかったよう