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gakuto
286だ。熱風の中、紙屋町から西練兵場へと向かう。紙屋町の住友銀行の玄関のみかげ石に腰をかけて、そのまま焼けていた人をみた。この辺りは爆心地に近い所、歩いている人はなく、チリヂリになった髪に真黒に焦げた体、目だけ私たちを追う人。 練兵場に入ると足の踏み場もない位、死体がゴロゴロ、焼けて縮んで小さくなった兵隊さん。護国神社は鳥居だけ立っていた。広島城も、五師団司令部も、陸軍病院も何もない。あるのは死体ばかり。あたりは静寂そのもの、声も出ず、ただひたすら牛田の家に帰ることだけ。工兵隊(吊り橋)を渡り、そこで友達と別れ一人で家に急ぐ。 「ただいま」。「節子が帰ってきた」と母が喜んだ。母は兄の二歳の娘を預かっていて、丁度トイレに連れて行っていて、助かった。家は天井が吹き飛び、玄関とトイレが残っていた。間もなく妹が「お母さん」。と泣き声で帰ってきた。女学校三年で高須の工場に行っていて、黒い雨に打たれ帰ってきた。 次に父が帰ってきた。江波の山陰の知人の家にいて助かったが腕にケガを少ししていた。あたりを見廻すと、遥か向うに私の紺色の浴衣が木にひっかかりヒラヒラとしている。五升入りの梅干しの瓶が台所から庭に飛ばされ鎮座している。 夜になり警報が出たので、小川の側で母と妹三人で野宿をした。父は兄が帰って来ないので、四里奥の可部町の兄嫁の実家まで夜通し歩いて往復し、夜明けに帰ってきた。父母は次の日から兄を探しに毎日出掛けた。私と妹は留守番。 町会から奉仕に出るよう言われ、隣家の娘さんと出る。なんと神田川に一杯浮いている死体を、鳶口で引っかけ、土手に上げ、それを大八車に積み死体焼場に運ぶ。その車の後押しをするように言われた。大八車の上には、水で死体は膨れ上がり、仁王様のように唇がめくれ、手足の指はまるく腫れ、目玉はギョロリ、怖くて……こんな怖い姿はない。とても後押しなんかできない。二人で逃げて帰った。毎夜死体を焼く匂いが、風に乗ってきた。 一週間過ぎても兄は見つからなかった。この家では