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概要

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293 生涯で一番長い一日であったが、三人の拝むような表情を感じられたのか、アルマイトの大きなヤカンに一杯にした水を持ってこられ「あまり余計呑まんほうがええよ」と言われたが、矢つぎ早やにコップに三杯くらい、呑むというより流し込んだように記憶している。 三人共呑み足りないような顔を見合せたが、我慢することとした。 水の効果か、少しは動けるように思ったので、これからの行動について相談した。 汽車が動いているかどうか分からない状況の中で、とりあえず広島駅を目標に決め、お礼もそこそこに再び比治山線電車通りを歩き始めた。中央方面の火災が大きくなったのであろうか、熱風が舞っているのか顔に強い熱気を感じる。果たして広島駅から列車が動いているのかどうか、不安をかきたてた。 比治山橋東詰めあたりであったと思うが、二、三人の重傷の方が、消火栓が吹き出している水を火傷している体に浴びたり、ガブガブと呑んだりしている。我々も急いで駆けつけ牡蠣の桶のような器で浴びながら呑んだ。 比治山橋から鶴見町にかけては、京橋川の右岸側の建物は疎開作業によって除去されていて、竹屋町田中町方面は、見通しがよく私の卒業した竹屋小学校は焔をあげて延焼中であり、少なからず心が痛んだ。 木橋である鶴見橋がくすぶっている。たもとの大きな柳の木が、枝葉が燃えて黒い幹だけになっているそばに、二、三歳の子供が母親に抱かれて泣き叫んでいる。母親を見ると流血した真っ黒い顔でぐったりして生きているのかどうか分からない様子であったが、我々には手を差し伸べる余裕がない。非情ではあるが通り過ぎながら、やりようのない気持ちが三人の行動を鈍らせていた。 多聞院附近の山側の家屋は、山を背にしているからか倒壊家屋も少なく火災の被害も少ないようであった。 比治山への入口附近は、山に避難する人々であろうか、ゴッタ返していた。 兎に角喉が渇いてたまらない。