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294 段原大畑町の電停附近を過ぎ誰かが「ひと休みしようやー」と多少かすれた声で言ったので、腰をかける場を探していたところ、大正橋西詰めの交差点附近で消火栓が噴水しているのを発見、途端に三人の足がオアシス目指して脱兎の如く急いだ。 大正橋西詰めを電車の軌道に沿って的場方面へ向かうが、火災による炎が物凄い勢いで、軌道の真ん中を通っているのに熱くてたまらない。 特に火傷部分に疼痛が走る、荒神橋に辿りついてやっと炎からのがれほっとする。 橋の欄干が倒れている、爆風によって倒れたのだろうか、物凄い破壊力を目の当たりにして、思考力が鈍ってきたように感じた。 A君が「この調子じゃあ広島駅から汽車が動いているたぁ思えんで、愛宕の踏切りを渡って、矢賀方面を目指したほうがええこたぁないかの」と呟いた。三人は同調したように歩き始めた。 荒神市場に隣接した映画館が燃え盛って、愛宕踏切方面の道路の両側が炎に包まれていて、到底通れそうにないが、一度二度とくぐり抜けを試みた「無理じゃ、どうにもならんで」と諦めた。 電車通りから左方向の広島駅の駅舎は煙りと炎でかすんでいるが、かすかに見透すことができる。信用組合であったかよく覚えていないが、鉄筋コンクリートの建物が火災を遮断したかたちになって、比較的通り易いように思えた。「私は兎に角広島駅前まで行ってみようや」と言いながら歩き始め、前述の鉄筋コンクリートの建物付近まで来たところ、前方から黒いマント姿の二人連れの学生さんに出会った。負傷された様子はなく、一瞬異様な空間に出会ったように、私は感じた。 「ひどい怪我じゃが何処まで帰るんね」と問われ「芸備線に乗って家に帰るんです」と答えると「広島駅は全滅じゃ、汽車は発着していないよ、どうもしてあげられんが、これでも食べて頑張りんさい」とマントの中へ手を突込んで桃を三つ手渡していただいた。 お礼もそこそこ貪るように食べた。甘く水々しい味は、喉の渇きに喘いでいた我々にとっては、この上ない癒しであった。