ブックタイトルgakuto
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gakuto
46ときのままの姿だった。 タカコはもう家に帰ろうと思った。しかし、家のある土手町まで帰るには、元安川と京橋川を渡らなければならない。タカコは下流の万代橋を選んで立ち上がった。 その時になって、新しい赤い鼻緒の下駄が無いことに気付く。昨日家を出るとき母が出してくれた下駄だった。川に浸かったとき流されたのだろうか。仕方なく裸足のままタカコは歩き始めた。 鶴見橋は京橋川に架かっている。木の橋ではあったが、焼け落ちてはいなかった。ここら辺りでも建物疎開の作業をしていたらしく、倒れた人がそのままの形で転がっている。 やっと土手町の家に辿り着く。家は焼けてしまっていたが、そこにトタン板で囲った小屋が建てられていた。「ただ今」と声をかけると、母と四歳の弟が飛び出してきて迎えてくれた。タカコは一番に、「お母さん、新しい下駄が無くなったんよ。ごめんね」と言った。母は、「下駄なんかどうでもええんよ。あんたが帰ってきてくれただけで…」と、後は涙になった。 七日の昼過ぎ、母の弟が大竹町からオート三輪で様子を見にきて、タカコの衰弱した様子に、「こりゃあ、病院へ連れて行かんと」と言って、大竹の潜水学校附属病院へ入院させてくれた。医師は、「これはひどい。今度の広島に落とされた爆弾は新型爆弾じゃ。この子はガス(放射能)を吸うとる」と診断した。そして、タカコは、十日の夜明け、星になった。 地球という青い星を離れて、先生や友人とともに、五百四十四人は星となった。タカコは遠くなっていく地球を、これほど愛しいと思ったことはなかった。十三年しか生きられなかったけれど、今度また地球に生まれてきたら、あの市女のプールで、一所懸命泳いでみたいと思った。 その夜、月の無い群青色の広島の空に、星は大きく輝き、灼かれて死んだ何十万の広ひろ島しま人びとの復活を願っているかのようだった。市女二十三期 久保美津子