ブックタイトルgakuto
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48その学校は現在の観音高校の前身である。当日、兄は学徒動員のため、家屋の疎開作業に従事していた。父はまず、学校へ走って行き校内を探したが生徒は見当たらず、校長先生が倒れておられたのを見つけ、安全な場所へお連れし、兄たちの行き先を聞いた。場所は県庁付近(※現在の中央市場のある所)の寺である。父は、観音橋、住吉橋を夢中で突っ走り、燃え盛る火の中を、破裂した水道から吹き出る水でタオルを濡らしては顔に当てながら、火勢の弱い所を選びながら進み、煙の向こうに一団の女生徒を見つけた。 顔、手、足、体中に火傷を負った彼女たちは、川辺へと移動していた。父は、彼女たちの間を縫いながら「江波の者はおらんか。江波の子はいないか」と叫びながら走った。すると、「おじさん……うちは、ここにおる……。言うて頂戴…」と途切れとぎれの声で父に呼びかけた者がいた。「よし、言うとくぞ!」と父は答えた。しかし、父はその人が何処の誰か、名前はなんと言うのか、聞いていなかった。後に原爆慰霊式が近くなると、父は「悪いことをした、かわいそうなことをした…」と悔やんでいた。 平素は沈着冷静な父も、あの火の中では相当に興奮していたのだろう。そのような、死者や負傷者の間や亡くなった母の乳を吸う赤子を横に見ながら、八月の炎天下に燃え続ける火の海を兄を探して走り、歩き続け、とうとう相生橋の所まで来てしまった。父は一人で探しても到底見つけられまい、一応家へ帰り、休憩しようと昼過ぎに家に帰ってきた。 今度は、父、祖父母、長姉の四人で探しに出た。本川の舟入土手を上り、対岸の県庁付近を見ると、河原から土手にかけて、無数の学徒が折り重なっている。そのすぐ後ろでは県庁の建物がまだくすぶり、白煙をあげている。父たちは急いで新大橋を渡った。この橋上にも数十人の学徒が倒れていた。「江波の子はおらんか!」叫びながら橋を渡り終えようとした時、「おじさん…、木村のおじさん…、僕です、山田です…」それは兄の親友の山田さんであった。 今でも、家の壁に『山田のバカタレ』と書いた兄のイタズラ書きが残っている。