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概要

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65 警報なき空にしても火傷がひりひりと痛みだし炎と煙の中をようやく比治山下の警察派出所の所までたどり着いた。 これより先は火災の勢いが凄く煙が行方をふさいでいて、とても的場方面には進むことができないので、山越えをして一歩でも家に近付こうと思い、多聞院の前辺りに来ると道いっぱいに負傷者が蚕を並べたように横に倒れており「水を下さい、助けて下さい」と通る人に両手を差し延ばして呻き声を振り絞りながら助けを求めており、坂道で少し傾斜はあるが道の両端も中央も負傷者が一杯で、そこを通るためにはその人達を踏まないように飛び越えながら速く通らないと助けを求めて足に抱きつかれそうであった。負傷者の衣服は先程の雨にも濡れて火傷と共にびしょびしょであり、老人と女性や子供が多く、死んでいる者は殆どいないようで重症者ばかりであった。自分の三メートル程前を中年の男性が二人歩いており、その後に急いで追い付いた。続いて行くと左側に山へ入る道があって、そこを登って行くと、道は無くなり三人で一休みしていた時、上空に敵の飛行機が近付く音がしてきたので、又、爆弾を落とされるといけないと思って、近くの松の大木が数本あったので、その陰に分かれてうずくまって居ると直ぐに敵機は去り、偵察に来たのだと思った。二人の行き先を尋ねると戸坂方面と聞いたので、そこから別れて右側の方に向けて、山を越えておりると段原町であった。家屋はあまり被害が無いようで火災も発生しておらず、人が全然居ないように静かであった。路地を東に向かって歩いて行くと川に出て東大橋が見えてきた。 暑さと傷が痛みだしたので、口の中は乾いて水が飲みたいと思ったが以前から水を飲むとこんな時は倒れると教えられていたので、我慢して歩いていると広い道に出た、行き会う人は多くなり誰も無言で歩いている、これ迄に知った人には誰にも逢えないと思いながら歩いていると、橋の西詰を父の姿がこちらに向かって近付いて来るのが見えた。初めて知った人に会えたのが父であった。「お父さん」と大きな声が自然と出た。涙は出なかったが物凄く嬉しくて言葉では言いあらわせない程であった。父は警防服にゲートルを巻き