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概要

gakuto

80りかけたが、気味悪くなりへたへたと坐り込んでしまった。先生は数人の生徒をはげましながら正門を出て行かれた。遠くの方からぼんやりとその後姿を見やりながら、云い知れぬ不安と孤独に身ぶるいした。正門の外は火の海だった。「橋本さん。助けて」かすかな声を聞いた。確かに私の名を呼んだような気がして、どきっとした。くずれた校舎の奥の方からだ。誰の声かわからない。私の姿等見えるはずがない。私にも見えない。はじめて立ち上り、自分の姿をつくづくと眺めた。 衣服はぼろぼろ。まっくろな手足。両腕の皮ふがずるりとはげて、たれ下っている。指の先まで水ぶくれ。破れたモンペの間から、はれあがった足が見える。右手は肩からだらりと下ったまゝ全然上へあがらなかった。 私は動く左手だけで、くずれた校舎の端から一本一本板切れや棒切れ、割れた瓦を取り除き始めた。声はあれきりだった。私は一生懸命だった。しかし、私の力ではどうすることも出来なかった。私は心の中で手を合せてわびながら、重い足をひきずって裏門を出た。今でもあの時のことを思うと、良心の呵責に胸が痛む。千田町を通る。とび散ったガラスの破片の上を素足で歩く。こわれた家々の間から見える防火用水槽の中に、折り重なって死んでいる人々の無惨な姿。たくさんの中学生が歩いて来る。ぼろぼろになった上衣の袖口あたりに黒い線が見える。あれは一中の生徒だな。白い線の一団も見える。あれは修道の生徒だ。誰もみな衣服はぼろぼろ。両方の手首を胸の下あたりにたらして、黙々と二列縦隊で歩いて行く。頭の上の方は黒いのに、耳のあたりから首までつるっとはげているのを、不思議な面持ちで眺めながらとぼとぼと歩いた。御幸橋まで来た。今朝まで左手でなでて通ったらんかんがない。その異様な姿に、思わず足がすくむ。自然と足は県病院へ。けが人が一ぱいで歩く所もない有様。みんな地べたに転がってうめいている。上向きに寝ていた女子大生が「水、水」と哀願していた。目をおおいたくなる様な痛ましい姿。これがこの世の姿